平成20年(『花めぐり ぐんま花の名所150選』/上毛新聞社)の情報ですが、〝40万本のハナショウブが咲き誇る〟と掲載があり、どうしても行ってみたくなりました。
『県立つつじが岡第二公園(館林市花菖蒲園)』に行ってみよう!
【目次】
『館林花菖蒲園』のゾーン
『旧秋元別邸』レポ
館林市指定史跡『館林城本丸および八幡宮』
『県立つつじが岡第二公園』まとめ
・アヤメ・ハナショウブ・カキツバタの違い
『館林花菖蒲園』のゾーン
駐車場に隣接した場所に『館林市花菖蒲園』と看板があり、遊歩道ありの花菖蒲畑が広がっていました。
花も大きく1株1株が元気いっぱいに見えました。
色とりどりです。
犬連れや車椅子での散策も可能の様でした。
花はもちろんですが、撮影に熱中する様子を眺めたり、笑い声が聞こえた来たり、温かい雰囲気も伝わって来て、気持ち良かったです。
『館林市花菖蒲園』への地図
信号を渡ると、旧秋元邸宅の入り口です。
『旧秋元別邸』レポ
明治時代に建てられた旧館林藩主秋元家の別邸(別荘)で、昭和36年に秋元家より、県有財産になりました。
秋元氏は館林城最後の藩主でもあり、地域ではこの別邸を『秋元様』と呼び広く親しまれているそうです。
TBSテレビ60周年特別企画時のドラマ「天皇の料理番」第11話のロケでも使われたとのことです。
昭和初期に増築された洋館の前には、灯篭があります。この傘と搭身に渦があることから、飛鳥時代を思わせる逸品だという噂もあるそうです。
つくばいは秋元春朝が、昭和5年に別邸内に安置したものと、案内板に説明がありました。
濡れ縁…でいいのかな?この高さの高いことには不思議さと味を感じました。
説明が前後しますがこの別邸は、秋元興朝(おきとも)と、その子である秋元春朝が使っていたそうです。
この庭の解放感は、母方の実家と似ているので、懐かしさも湧いてきました。
左上から時計回りに、秋元神社・館林城の本丸跡などから出土した墓石群・館林市出身の版画家藤巻義夫の版画碑・大正8年彫刻家毛利教武作『秋元春朝投綱象』・明治20年春建立の『富春(ふしゅん)園』の石碑。
旧秋元別邸を背に、花菖蒲畑が広がっていました。
駐車場に隣接していた花菖蒲園よりも小さな品種に見えました。
噴水を浴びるシーンも見られました!気持ちよさそうです♪
『旧秋元別邸』への地図
館林市指定史跡『館林城本丸土塁および八幡宮』
ここは本丸の南側の土塁の一部だそうです。
一番下は八幡宮です。
『八幡宮』への地図
土塁にふれているブログはこちらにも⇒簗瀬城跡『城山稲荷神社』
『県立つつじが岡第二公園』まとめ
花菖蒲園は、昭和34年に皇太子殿下ご成婚記念に造園されたそうです。
270品種約40万本といわれています。
この『花菖蒲園』についてネットで散々調べましたが、道のこちら側かあちら側か(駐車場隣接のゾーンか旧秋元別邸を背後にしたゾーンか)、私にはわかりませんでした。
2018/6/2~17には、花菖蒲まつりが開催され、9~10は、花摘み娘による花がら摘みや、郷土物産販売などのイベントが行われる。
館林市つつじが岡公園ガイド・その他より
現在は不明ですが、かつては、花菖蒲の名品をお座敷で鑑賞する室内鑑賞会も行われていたそうです。
アヤメ・ハナショウブ・カキツバタの違い
園内に説明がありましたので、そのまま引用記載します。
アヤメ
外花被のもとに、紫褐色のしま模様(綾の目)があり、そこからアヤメの名が出たといわれています。
葉は濃緑で細く、脈は目立ちません。
野原に生えます。
ハナショウブ
ノハナショウブを原種とする、日本産の園芸品種です。
花の色や形は変化に富み、葉の主脈が隆起して目立ちます。
畑でも水辺でも生育します。
ハナショウブにふれているブログはこちらにも⇒赤堀花しょうぶ園
カキツバタ
水湿地に生えます。
内花被は細く立ちあがります。
葉は幅が広く、主脈は目立たず、黄緑色です。
カキツバタにふれているブログはこちらにも⇒あずま水生植物公園
おわりに
とても充実した時間が過ごせました。
